【言葉の意味】
ナ (na) - ない、アサタハ (asatah) - 非実在の、ヴィディヤテ (vidyate) - 存在する、バーヴァハ (bhavah) - 実在、ナ (na) - ない、アバーヴァハ (abhavah) - 非実在、ヴィディヤテ (vidyate) - 存在する、サタハ (satah) - 実在の、ウバヨハ (ubhayoh) - 両者の、アピ (api) - もまた、ドリシュタハ (drishtah) - 見られた、アンタハ (antah) - 究極の真理、トゥ (tu) - 実に、アナヨハ (anayoh) - これら二つの、タットヴァダルシビハ (tattvadarshibhih) - 真理を知る者たちによって。
【解説】
不変で均質なAtman(真我)は常に存在し、唯一の確固たる実在です。名前と形を持つこの現象世界は絶えず変化しており、それゆえに非実在です。聖者やJivanmukta(生前解脱者)は、真我は常に存在し、この世界は蜃気楼のようなものであると完全に理解しています。直観の目(Jnanachakshus)を通して、彼は直接真我を認識します。彼にとって、この世界は、ロープだけが存在すると分かった後に消え去るロープの上の蛇のように消滅します。彼は名前と形を捨て、その根底にある本質、すなわちAsti-Bhati-Priya(存在・輝き・愛)あるいはSatchidananda(真理・意識・至福)を受け入れます。それゆえに彼はTattvadarshi(真理を知る者)なのです。変化するものは非実在であり、不変で永続するものこそが実在なのです。
★🔗